大判例

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大阪地方裁判所 昭和49年(わ)820号 判決

主文

被告人Kおよび同Wの両名を、それぞれ懲役一〇月に処する。

被告人Wに対し未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

但し、被告人両名に対し、この裁判の確定した日から三年間、右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、日本マルクス主義学生同盟革命的マルクス主義派(以下「革マル派」という)に所属している者であるが、ほか約四〇名の同派所属の学生らが、昭和四八年一〇月二〇日午前三時四五分頃から同日午前四時頃までの間、大阪市○区○○町××番地Z子方付近路上から同町同番地M荘アパートおよび同区○○町×番地F文化住宅付近に至るまでの間において、かねてから対立していた日本マルクス主義学生同盟中核派(以下「中核派」という)の学生らの生命、身体、財産に共同して危害を加える目的をもって、鉄パイプ多数、掛矢一本、斧一丁、鉤付きワイヤーロープ一本などの兇器を準備して集合した際、右目的で、右各兇器の準備があることを知りながら、右集団に加わって集合したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(各争点についての判断と説明の補充)

一、Gの検察官に対する供述調書の証拠能力

右調書につき刑事訴訟法三二一条一項二号後段所定の特信性の有無が争われているが、当裁判所の証人Gに対する尋問調書の記載によっても、同証人は被告人両名と同様に革マル派に所属していた学生で、被告人両名と面識があり、特に被告人Kとは冗談を言い合う程の仲というなどの関係にあったことが認められるほか、同証人は本件当時の状況についてかなり具体的に供述しながら、被告人両名を含む革マル派の者の氏名や具体的行動の点になると、「覚えぬ」、「記憶がない」、「見ていない」、「答えたくない」と繰り返すなど、疑いもなく回避的供述に終始し、たとえば、掛矢の使用方法の説明については前後矛盾する供述をしており、他方、同証人の勾留場所は終始拘置所であって、同証人に対する検察官の取調状況に何ら問題のなかったことも、右尋問調書の記載に徴して明らかであり、以上の諸点にかんがみれば、同証人の検察官に対する供述調書の特信性は優に肯認することができる。

弁護人は、本件供述調書がGに対する別の被疑事件の勾留中に、しかも、別件の取調が終了した後に、その残存勾留期間を利用し、父親を使嗾するなどして弁護人の解任方を教唆し、釈放後の再逮捕をほのめかすことによって威圧を加えるなどした挙句に作成されたものであるから、任意性はもとより信用性もない旨主張する。そして、証人Gの前掲供述記載によれば、本件供述調書が同証人に対する別の被疑事件の勾留期間中に作成されたもので、同証人は父親の面会、説得を受け、取調警察官より組織から離脱するよう説得されるなどしていたことが窺われる。しかし、同証言記載によっても、同証人に対する検察官の取調状況につき、本件供述調書の特信性ひいては証拠能力に影響するような事情は見当らない。また、その信用性についても、同証人が釈放後も任意取調に応じて同趣旨の供述を繰り返している事実に徴しても、これを肯認するに十分である。

二、本件犯行並びにその前後における具体的状況

前掲各証拠を綜合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、

1、被告人Kは昭和四五年四月から竜谷大学文学部に在学していた者、同Wは同四七年四月から大阪市東淀川区大隅通二丁目一五番地の二所在の大阪経済大学経済学部に在学し、同学部一部自治会副委員長をしていた者であるが、被告人両名の所属する革マル派は、かねて中核派と反目抗争していたところ、自派学生二名が中核派の者の手によって殺害されたことから、同派学生との対立が激化し、同派からの攻撃に対処すべく方策を講じ、革マル派の関西における拠点の一つである大阪経済大学構内で鉄パイプの素振りなどを内容とする武闘訓練を行うなどしていたこと、

2、昭和四八年一〇月一九日午後七時頃から右大阪経済大学構内学生会館三階の大会議室において革マル派の集会が開かれたが、革マル派に属する同志社大学学生のGが見張りを済ませて、同日午後八時頃、右大会議室に入ったところ、すでに被告人両名を含む約四十数名の者が右集会に参加していたこと、

3、この四十数名は、右大会議室内でA(A1=一〇名位、A2=一〇名位)、B=一〇名位、C=七名位のグループに別れ、リーダーが全員に対し、中核派アジト襲撃の実行を持ち出し、「本日我々は彼らの出撃拠点を粉砕することによって、彼らの路線を破壊する」旨の演説をしたこと、

4、右大会議室正面にある黒板横の壁に掛矢、マリッパー、バール、鉤付きワイヤーロープ、斧各一丁が立て掛けてあり、これらについて、京大生のS某から全員に対し、中核アジトの扉を破壊するために使用するものであるとして、具体的な使用方法の説明がなされたこと、

5、前記Gは、Cグループに配属されたが、同グループのリーダーから当夜襲撃目標のアパートを記した見取図と地図が示されたうえ、その指示に従い、同日午後一〇時頃、右リーダーとほか一名を残して、合計五名(Gを含む)で右大会議室を手ぶらで出発し、タクシーで国鉄吹田駅付近の旅館に赴き、同旅館で翌二〇日午前三時頃まで仮眠したあと、後刻到着した前記リーダーを含む二名と合流し、同リーダーから攻撃の目標や方法についてさらに具体的な説と明を受けたこと、

6、このCグループの合計七名は、一名を残して、六名で同二〇日午前三時三〇分頃右旅館を出発し、その近くで鉄パイプ約七本のほか、掛矢、クリッパー、バール各一丁を積載した幌付小型トラックに出合つて、これに塔乗し、積んであったマスク、軍手を身につけ、鉄パイプを持って武装し、同トラックで同二〇日午前四時頃、中核派のアジトの一つである大阪府○○市○町××番××号アパートH荘に赴き、交々、掛矢、バール、クリッパーなどを用いてアジトである同アパートの一室の扉を破壊して一部が同室に侵入したが、目指す中核派学生が不在であったので退去し、徒歩で逃走の途中、右末広荘から二、三百米離れた空地の一つに鉄パイプ、掛矢、クリッパーなどを捨てたこと、

7、他方、革マル派に属する約四〇名の学生らは、同二〇日午前三時四五分頃、幌付小型トラック二台に分乗して大阪市○区○○町××番地Z子方付近路上に到り、同女方前から約三〇米東付近の路上で下車し、ヘルメット、白マスクを着用し、鉄パイプで武装するなどしたうえ、二隊に分れて、同地点から、それぞれ反対の方向に約二、三十米の距離にある同区○○町××番地M荘および同区○○町×番地F文化住宅に赴いたこと、

8、その一隊は右M荘内の中核派アジトであるY方居室に至り、同室のドアなどを破壊し、また、別の一隊は右F文化住宅内の中核派アジトである三号室に至り、同室の扉などを破壊して一部が同室内に侵入したが、この襲撃は右二現場とも同日午前四時頃まで続き、通報により警察官が現場に急行してくるのを知って、襲撃の続行を断念し、逃走に移ったこと、

9、通報を受けた大阪府警のパトカーは、右の逃走に移った革マル派学生らの追跡に着手したが、大阪府警第一方面機動警察隊所属の大津一生巡査乗車のパトカー一二九号は、右8の襲撃直後である同二〇日午前四時一九分頃、同襲撃現場の約一五〇米北にあたる○区○○町××番地付近で、同襲撃地点に通ずる路地から白っぽいヘルメットをかぶった学生とみられる約三〇名の集団が出て、北に向って駈足で走って行くのを発見し、間隔を置き無点灯のまま同集団の追跡に移ったところ、同集団は、さらに国鉄東海道本線のガードに沿って約六〇〇米北上し、うち四、五名が大阪市大淀区南浜三丁目一四番地日本運送株式会社梅田営業所前で集団から離れたりしたが、全員、同日午前四時二四分頃本圧公園北西角付近でパトカー一二九号の視界から姿を消したこと、

10、そこで、パトカー一二九号は、同一一二号と協力して、付近を探したところ、間もなく本圧公園北西角を右折して東へ約三〇〇米の地点で、急ぎ足で梅田方向とは全く逆の東へ向っている被告人Kほか二名を発見したこと、

11、そこでパトカー一一二号乗車の東郁雄巡査において職務質問をしたところ、被告人Kは「はっきりした住所は初めての所で知らないが、扉町公園北側辺りの友人のところで麻雀をしての帰りで、梅田の方に出たいが道を間違えた。氏名はニタニヒデオで、大阪商大生である」旨氏名、学校名などを偽った供述をしたこと、

12、当時、十三橋警察署に勤務していた高穂義和および前田鉄二の両巡査が乗車するパトカー三一一号は、同二〇日午前四時四〇分頃、二〇歳前後、一見して学生風の男三、四名が前記8の襲撃現場の北方にあたり、新淀川を越えた長柄橋北詰西方の大阪市東淀川区西中島町三丁目二三五番地先路上を西進しているのを発見し、同人らがパトカーの接近に気付いたのか走り出したので追跡したが、その姿を見失ったこと、これとは別に、右両巡査は、その直後の同日午前四時五〇分頃、被告人Wを含む二十歳前後、軽装、運動靴を履いた若い男四名が同区西中島町一丁目七〇番地国鉄線ガード下付近を西進しているのを発見し、パトカー三五〇号および同三〇八号の協力を得て、高穂巡査らにおいて職務質問を試みたが、右四名は麻雀の帰りであるとか、答える必要がないなど要領を得ない返事をして職務質問に応じなかったこと、

13、大阪府警第三方面機動警察隊の井田征一巡査らが乗車するパトカー三七一号は、同日午前四時三五分頃、学生風の男約二〇名が大阪市大淀区長柄橋上を北進しているのを発見し、その動静の看視を続けるうち、そのうち四名が通り掛ったタクシーに乗って南へ向ったので、追跡に移り、同市北区天神橋筋六丁目三八番地付近路上で職務質問をしたところ、右四名はこれに応じなかったこと、

14、同二〇日午後一時三四頃から同二時二〇分頃までになされたF文化住宅における検証の際、同住宅三号室の扉付近に掛矢一本が発見されたこと、

15、同二〇日午前九時三〇分頃から同一一時頃までの間に、前記9の経路にあたる前記日本運送株式会社梅田営業所前付近路上に同一九日から駐車してあった同営業所の大型トラック三台の荷台から、合計して、鉄パイプ一〇本、斧一丁並びに鉤付きワイヤーロープ一本、白マスク、強力ライト各一点、革マル派使用のものとみられるヘルメット一個が発見されたこと、

16、同月三〇日、前記9の径路沿いで、その西側にある大阪市大淀区南浜町二丁目二五番地ないし同町三丁目二八番地にかけての国鉄東海道本線敷地内高架築堤上の草むら内に、鉄パイプ四本、手製腕当三個、軍手七本、白マスク二個、革マル派使用のものとみられるヘルメット六個が発見されたこと、

以上の各事実が認められる。

三、訴因の一部につき有罪を認定しなかった理由

1、本件訴因は、被告人両名は「日本マルクス主義学生同盟(以下マル学同と略称する。)革命的マルクス主義派に所属しているものであるが、ほか多数の同派学生らとともに、昭和四八年一〇月一九日午後七時ころから同月二〇日午前四時ころまでの間大阪市東淀川区大隅通二丁目一五番地の二所在の大阪経済大学構内から同市○区○○町××番地M荘アパート及び同区○○町×番地F文化住宅付近に至るまでの間において、かねてから対立していたマル学同中核派の学生らの生命、身体等に共同して危害を加える目的をもって多数の鉄パイプ等を準備して集合してあることを知って集合し、もって兇器を準備してあることを知って集合したものである」というにあるところ、弁護人の求釈明に対し、検察官は、「被告人両名を含む約四〇名は、昭和四八年一〇月一九日午後七時ころ大阪経済大学学生会館において、兇器の準備してあることを知って集合し、その後同所を出て一〇月二〇日午前四時ころ、大阪市○区○○町××番地Z子方付近路上に至り、同所で二隊に別れ、うち一隊約二〇名はM荘内Y方居室付近に、他の一隊約二〇名はF文化住宅×号室付近にそれぞれ赴いた。なお、右学生会館三階会議室を出てから右Z子方付近路上に至るまでの間の被告人両名の具体的経路は不明である。」とし、加害目的の対象は生命、身体のほか、財産権を含むものであり、準備された兇器も、鉄パイプ約四〇本のほか、数量は不明であるが、掛矢、クリッパー、バール、鉤付ワイヤー、斧を含むものであると釈明した。なお、第一回公判期日の再釈明その他検察官の意見によれば、検察官は、具体的経路不明の中間部分についても、それを集団の単なる移動経路としてではなく、兇器準備集合罪の集合場所、兇器準備場所として主張するものと解される。

2、右のように釈明補充された訴因のうち、判示有罪認定以外の部分についてみると、大阪経済大学学生会館三階会議室以外のいわゆる中間部分については、後述のように、現実の審理対象から除外されたし、しからずとするも、全立証によっても被告人両名につき犯罪の成立を認めされる証拠は見当らない。

3、また、大阪経済大学学生会館三階会議室における犯行については、前記二の2ないし4並びに5の一部の各事実が認められるに過ぎない。殊に、検察官は鉄パイプも準備されていた旨主張するが、このような事実は検察官提出の証拠からも全く窺われない。革マル派だからどこかに鉄パイプが準備されているだろうというような推測は許されるべきではない。もっとも、当裁判所の証人Gに対する尋問調書には、前記二、1の武闘訓練の際、鉄パイプは学生会館三階の革マル派の部屋にあった旨の供述記載がある。しかし、前記二の認定からも窺える事件当夜における襲撃道具の準備状況に照らせば、右供述記載から直ちに前記二の2ないし4の集合の際にも革マル派の右部屋に鉄パイプが準備されていたと推認するについては、なお合理的疑いが残るといわざるを得ない。

そうすると、前記二の2ないし5で認定したとおり、一〇月一九日午後七時から同一〇時頃までの間、前記大阪経済大学学生会館三階大会議室内で革マル派所属の学生らが約四〇名集合した際に、同会議室正面の壁に、掛矢、クリッパー、バール、鉤付きワイヤーロープ、斧の各一丁が立て掛けてあった事実が、兇器準備集合罪を構成するかが問題となる。

ところで、刑方二〇八条の二第一項に「兇器ヲ準備シ又ハ其準備アルコトヲ知テ集合シタル」とあるためには、当該兇器が現実に目的とした加害行為に使用されたことを必要とするものではないが、犯人において、当該兇器が目的とした加害行為に使用されることの意図ないし認識を有していたことが必要であると解すべきである。ところが本件において、右の掛矢等が当夜の襲撃に使用されたとの確証はないばかりか、前記二、5で認定したとおり、Gを含むCグループの者は手ぶらで大会議室を出て、旅館に集合、待機した後、別途、車で運ばれた道具を手にしたというのであり、殊に、掛矢は大会議室には一丁しかなかったのに、現実にはCグループによる襲撃のほか、F文化住宅の襲撃にも使用されていて、これらの道具が別に用意されていたことは想像に難くなく(検察官も論告中で同趣旨の主張をしている)、Gの検察官に対する供述調書には「これらの道具は中核派のアジトを襲撃する時に使う道具を見本としておいてあったもので実際に使うものは別に準備されているのだろうと思いました」とあること、さらに、大会議室に集合した人数は約四〇名、予想された襲撃個所が三ないし四個所であるというのに、用意された道具が各種類とも一丁づつに過ぎないことなど以上の諸点にかんがみれば、右大会議室の壁に立て掛けられていた掛矢等は当夜の襲撃に直接使用するために用意されたというよりは、襲撃用のものは別途用意されており、大会議室のものはその使用方法を説明するためための見本として用意されたものと推認されないではなく、以上を覆えして、被告人両名において右掛矢等が当夜の目的とした加害行為に使用されることの意図ないし認識を有していたと認定するについては、なお合理的疑いが残るというほかはない。

そうすると、大会議室に用意された掛矢等が仮に刑法二〇八条の二にいう兇器に該当するものであるとしても、前記大会議室における集合に際して兇器の準備があったと認定することはできず、兇器準備集合罪は成立しないといわざるを得ない。しかし、この点を含め、判示有罪認定以外の部分は、一罪として起訴された訴因の一部を構成するに過ぎないから、特に、主文において無罪の言渡をしない。

四、有罪を認定した理由の補足説明

1、本件において、被告人両名の犯行を直接立証するものはないが、前記二で認定した諸事情、殊に、被告人両名が革マル派に所属していたこと、被告人両名は事件当夜の大阪経済大学における集会に参加していたこと、本件襲撃後これに近接した時間、場所において被告人両名が警察官の職務質問を受けていること、その際の応答にも一部不自然な節が見受けられることなどに加えて、被告人両名は本件犯行を黙秘するだけで、なんらアリバイの主張、立証をしないことなど以上の諸点を綜合すれば、被告人両名につき、すくなくとも判示犯行を推認することができる。

2、なお、被告人両名がF文化住宅とM荘のいずれに赴いたかは証拠上明らかでなく、検察官も当初は二個の集合体が別々に赴いたかのように釈明をしていた。しかし、前記二、7で認定したとおり、被告人両名の加わる集団は二台のトラックに分乗し、一隊となってZ子方付近路上を通過し、同女方から東三〇米付近で下車し、武装を整えたうえ、そこで二隊に分れたのであるが、F文化住宅とM荘とはその分れた地点からそれぞれ反対方向にせいぜい二、三〇米の距離にあるに過ぎないのであるから、このような距離関係に集合人員等を併せ考えれば、本件における集団は二隊に分れた後も引き続き一個の集合体を維持形成していたと認定するのが相当である。したがって、本件において、被告人両名が二隊のうちのいずれに参加していたかを確定する必要はない。

3、さらに、前記二、4で認定した事実からも明らかなように、判示掛矢、斧および鉤付ワイヤーロープは、いずれも建造物損壊に使用する意図のもとに準備されたものであるが、押収してある前掲掛矢は全長九三センチメートル位、柄の長さ七六センチメートル位、重量四・一六キログラム位の木製のもの、同じく斧は全長九〇センチメートル位、柄は樫製で長さ八五センチメートル位、刃渡り六・八センチメートル、重量二・六キログラムのもの、同じく鉤付ワイヤーロープは全部鋼製で、重量五・六キログラム位、ロープの長さ約六メートル、その直径一センチメートル位のもので、以上いずれも、構造上はもとより外観上も人を殺傷するに足る器具であることはいうまでもなく、これらが兇器であることの明白な鉄パイプ多数と共に、前記二、7、8の状況下で準備された場合には、人を殺傷する目的にたやすく転用されるおそれが十分にあり、かつ社会通念に照らし人をして危険感を抱かせるに足りるものであるから、いずれも刑法二〇八条の二にいう「兇器」にあたると解するのが相当である。

五、弁護人の公訴棄却の申立に対する判断

本件訴因並びにこれに対する検察官の釈明は前記三、1で述べたとおりであるが、弁護人は、具体的径路不明の中間部分の点を促えて、本件公訴は訴因が特定していないから不適法であって棄却されるべきであると主張する。たしかに、本件訴因の記載は、実務上も異例のものといえようが、検察官の釈明を加味して検討すると、開始点ともいうべき大阪経済大学学生会館三階会議室における準備集合とZ子方前路上以降における準備集合については、時間的にも場所的にも特定に欠ける点はなく、兇器準備集合罪が継続犯であり、本件において検察官も犯意継続下の一罪を主張しているものと解されることなどから考えると、たとえ、中間部分について、時間的、場所的に特定に不十分な点があるとしても、それは被告人の防禦権行使の観点も加味して後述のように処理すれば足り、このような処理がなされる以上、本件訴因は全体として特定しているものと解するのが相当であり、本件公訴提起の効力に影響すべき違法は見当らないから、弁護人の主張は理由がない。

ところで、兇器準備集合罪においては、兇器の準備、集合の日時ないし場所は犯罪の構成要素そのものではないから、本件のように準備集合の開始点と加害目的点とが時間的、場所的に離れている事案において、この両点が時間的、場所的に特定されている以上、その中間部分の日時、場所が具体的に不明であっても、不明の時間、距離が比較的短く、検察官の主張自体からみて中間部分が兇器準備集団の単なる移動を示すものに過ぎないとみられるような場合には、訴因の特定に欠ける点は全くないといえる。

しかし、本件において、特定された二地点は、検察官の主張によっても直線で約六キロメートルの距離にあるところ、時間的には夜間で、しかも最大限九時間の隔たりのあることが窺われ、この距離と時間を対比してみると、中間部分の主張をもって兇器準備集団の単純な場所的移動をいうとは到底解し難く、このことは、検察官が論告において、公知の事実であることを根拠に「本件犯行の形態は集団の構成員が分散待機したうえ、加害目的地点に分散接近し、別途ひそかに運搬された兇器と加害目的地点付近でドッキングするものである」旨主張していることに徴しても明らかである。ところが、右主張のような具体的犯行形態は、本件訴因から想像できないわけではないが、さりとて、検察官の格別の釈明がないまま、これを訴因の内容とすることの許されないことはいうまでもない。むしろ、本件訴因は、兇器準備集団の単純な場所的移動とみれないにしても、兇器の準備場所と集合場所が同一であることを前提にしているかのようにもみられる。

このようにして、検察官の中間部分に関する本件訴因の記載は、兇器準備集合罪の法的構成に影響するとも考えられる犯行形態の点について、多義的な解釈を容れる余地が残されている程度に曖昧といわざるを得ず、その意味で不特定なものというのほかはない。そして、これを放置したまま審理を進めることは、立証の指標を不明確にしたまま証拠調に入ることになって無駄な審理を強いられることになり、ひいては、アリバイの主張すら予測される本件において、防禦面における被告人の立場を著しく不安定なものにすることにもなる。したがって、本件訴因のうち中間部分に関する記載は、犯行の推移、犯意の継続、集団の移動径路を示す趣旨としてならともかく、犯罪の構成事実そのものを示すものとしては、訴因制度の趣旨に照らしても不特定たるを免れず、本件訴因は、被告人両名が犯意継続下に大阪経済大学構内並びにZ子方前路上以降において兇器を準備して集合した限度において適法に構成されているものとして解釈し、審理を進めた次第である。したがって、中間部分については、犯意の継続、両点間の結びつき、径路の立証対象としてなら差支えないものの、犯罪構成事実そのものとしては結果的に現実の審理対象から除外されることになったわけである。そして、このように処理することによって、本件訴因は全体として特定されたものとなり、公訴を棄却するまでに至らないことになるのである。検察官は当裁判所のかかる解釈は検察権の侵害であると主張するもののようであるが、検察官たりとも刑事訴訟法の制約下にあり、訴因もまた適法に構成されるべきであることはいうまでもなく、当裁判所の措置が不当に検察権を侵害するものでないことは多言を要せずして明らかといえよう。

(法令の適用)

刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(懲役刑選択)、刑法二一条(被告人Wにつき未決算入)、同法二五条一項(執行猶予)、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条(訴訟費用)

(刑の量定)

本件は、判示のように、いわゆる革マル派の者が中核派に対し危害を加えるべく兇器の準備を知って集合した事案で、いかなる理由があるにせよ、兇器を準備して私的報復、私的制裁を試みるが如きは絶対に許されず、本件集合の規模、態様に照らし、相当の刑責は止むを得ないが、被告人両名には、同Wにつき一回の逮捕歴があるのみで、その他に前科前歴なく、比較的真面目に本件公判に臨み、将来ある学生であることなどに鑑み、各自の自覚に基づいて将来の人生を選択すべく、その機会を与える意味においても、刑の執行を猶予するのが相当であると考え、主文のとおり量刑する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小瀬保郎)

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